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▼2018年08月30日

本を(あまり)買わない生活

P8300420 本を買わない生活にした…というか、ここ数年は本が必要な時、電子書籍→図書館→新本…という順番で入手することにしています。その事を前のエントリでチラッと触れたので、改めて最近買った本を集めていると、こんな本しか買ってない(笑)
 どれも、電子書籍版はもちろんのこと、私が通える範囲内の図書館にはない本なので、結局お金を出して買う本はこういうモノばかりになります。

 左から「海の京都」。これは去年だったか一昨年だったかに、京都の丸善で買いました。前半の京都の部分は読んだのですが、那覇の部分は土地勘もないのでなかなか読み進められない。
 次は「ブラジル先住民族の椅子」。こちらは展覧会にいって買ってきた本。
 中央手前が「中世日本海の流通と港町」。こちらは以前紹介しましたが、既に読んでいるのに買ってきた本w。
 最後右が「景観形成の歴史地理学」。これはどこかに出かけた際に寄った図書館で目にして思わず、買わねばの娘と思って買った本。
 他、J・ウエップ先生の人文地理学という本も買いましたが、こちらはどこにしまったかな?

 その他で買っているのは古本ですかね。古本なら割と買っていますが、それでも単行本はあまり手を出さなくなりました。ただ古い雑誌は、資料集めのつもりで安ければ買ってしまうという感じ。

 上記の本でいうと「海の京都」は、確かに本屋さんで見つけて買った本。それ以外は全ておそらくインターネットをきっかけに見つけた本ですね。それもアマゾンのお勧めとかそういうのではなく、普通にWebサイトを見ていた中で紹介された本だったり、何らかの知識に刺激を受けてネットで探した本だったりします。

 本屋さんには「本が選べる・買えること」以外の本質的な価値がある。:Book & Apps

 よく「本屋さんには出会いがある」なんて言いますけど、そういう出会いがある本屋って、実は日本でも首都級(?)の大都市にある大型店舗しかないです。確かに小さな店舗でこだわりの品揃えを売りにしている本屋さんもあったりはしますが、東京だと高円寺界隈(?)そんなような地域にしかありませんというのは極論か、ま、とても少ないことには間違いありません。日本全国のほとんどに場所にある本屋さんは、基本的にPOSシステムの販売管理情報から集められた効率的に売れる本を在庫しているだけで、そういう本屋さんではハッキリ言って本好きな人達がよくいう「新たな本との出会い」はあまり期待できないのでは?。売れてる(売りたい)本との出会いは可能だと思いますが…。
 なので、実のところ日本に住んでいるほとんどの人は、本屋さんで新たな本、未知な本との出会いなんていうほど体験できていないのではないかと。もし新たな本との出会いがほしいなら、図書館にいった方が効率的ですし、更に今でははネットで調べた方が色々な本が見つかります(見つかったけど買えない本も多いですが)。アマゾンのお勧めばかりだと読む本が偏る…なんて言ってる人は、多分普段からさほど本を探していないしあまり本を読んでいない人なんだと思います。

 ちなみに、私は週に1〜2回ですが、アマゾンで電子書籍や検索ワードで拾ったリストを最後…あるいは100P位まで追っていくということをやっています。アホらしいなーと思ったりしますが、これはこれで面白い本が見つかったりするので、定期的にアマゾンの検索結果を掘ることはお勧めなのですが、アマゾンで本が見つからないっていってる人は、ネットだとそういうリアル書店でじっくり棚を追うような探し方ってしてないのかな?
 私は普段からそんな事をしつつ、更にアマゾン以外でも本に出会って、また「こんな本ないかな?」なんて思ってネットを使って本を探したりする訳で、最近ですとリアル本屋さんってひと月に1度?位しか行ってない気もしますが、私は本との出会いには全く困ってないです。むしろ少し情報遮断しないと消費するのに追いつかない。

 上の記事によると、現在日本国内にはおよそ12,000件の本屋さんがあるそうで、それが多いと思うかどうかは人それぞれだと思いますが、私は以前こう書きました
 実際のところ、12,000件とは言いつつも、おそらくそのうちの10,000件以上は、得にこだわりもなくPOSシステムの在庫情報に従って売れる本を置いている本屋さんばかりだと思います。

 この辺少し辛辣に言いますけど、この状況って、相対的にノイズが増えて知りたい情報にたどり着きにくくなった今のインターネットと似ているかも。多分もっともっと本屋さんが減って、同業から余計な競争をしないでも健全に経営ができる程度までにならないと、世の中の本屋さんは面白くならないんだろうなって気もしますが、そうなると出版社の方の体力がもつのか?って話にもなって、なかなか難しいですね。

 特に結論はありません。

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景観形成の歴史地理学/石井英也(著)

▼2018年08月28日

モノを捨てない

 よく「手に入れた本は捨てる(手放す)か、とっておくか」みたいな話がありますが、私は断然「とっておく」タイプです。

 本当に場所さえ許すなら、今まで手に入れた本は1冊たりとも手放したくないのですが、そういう訳にもいかないので、数年に1度程度の割合で本を処分しています。以前は本当に捨てるだけでしたが、ここ10年くらいはブックオフの買い取りサービスに頼んでいます。その方が金になる…というより楽なので。

 前回処分したときは、クロネコヤマトの段ボール、サイズは12くらいだと思うのですが、その箱でおよそ40箱程度。その数年前の処分では60箱程度出しています。もちろんそれだけの量を1回で引き取ってくれませんので、数回に分けて買い取りに出しました。そういう時は玄関のホールに人が通れないくらいに箱が積み上がるのですが、そんなとき玄関は広く作っておいて良かったなとしみじみ思います。

 ブックオフの買い取りサービスも、昔は「マンガはお金になるけど、活字本(という言い方が変なのは承知で)は全然お金にならない」なんて言われていましたが、お金はどうでもいいにせよ、数回売りに出してわかったことは、今だとむしろ非マンガ本の方が高く引き取ってくれる感じ。
 それとネットで本を売ると、査定後にそれぞれ1冊ごと、査定額のリストがマイページから参照できるようになりますので、素直に「こういうの高く売れるんだ…」なんて驚いたりします。
 中でもハンナ・アレントの「責任と判断」なんて、買値とそんなに変わらない…というか当時発売されていた文庫版より明らかに高い値段で引き取ってくれましたので、意外とみんな哲学好きなのかな?なんて驚いたものです。まぁ、昨今マンガにあまり値が付かなくなったってのも、古本屋さんを利用する年齢層が上へとシフトしているからなのかな?それとマンガはとにかく世に出た量が多すぎるよね。

 話がそれましたが、今では、本を買うときは基本的に電子書籍、もしくは図書館の利用に制限していますので、今後はまとまった量の本を売りに出すこともないのでは?なんて思いますが、単行本は買わなくても、古い雑誌など古本屋で見つけるとつい買ってしまうので、結構また本も増えてきました。でも、以前みたいに数年で床一杯にはならないようなので、一応本の入手制限と電子化へのシフトは有効働いているのかも。
 もっとも、単行本と違って雑誌は買うしかないのですが、古い雑誌は1度処分すると、再び手にする機会がほぼなくなるので、どうしようかなと思っています。

 本はともかくとして、オーディオ機器はあまり捨てたことがない…。今まで捨ててちょっと後悔(というほど後悔してませんが)している機器は、カセットデッキのTEACのV-970Xはもったいなかったかな?ただあの機種は定期的にドライブのゴムがスリップするので、2年おきくらいにメーカー修理に出すのを繰り返し、それを4〜5回やっていい加減諦めました。そもそもカセットテープを使う機会も減ったし。
 それと、今でも処分して割と後悔しているのは、ジャクリン・フロートのMODEL-1かなぁ。これはウレタンがボロボロになってしまい、張り替えるかと思って放置していたのですが、引っ越しの最中に邪魔だからといわれて処分してしまいました。もう世間で残っている現物なんてほぼないだろうなぁ。

 その他細かいもの、記憶に残らないような機器は適宜処分はしていますが、基本的には昔の機材も捨てずにとっておく方で、私が始めて購入したCDPであるSANSUIのCD α607iなどは、今でも壊れずに(というか簡単な修理をしつつ)使えています。メインの機材で壊れて使えなくなった大物といえば、LINNのAXISというアナログターンテーブルくらいかな?これはサービスの人から「もう少しで必ず壊れる」と予告されていたので(なので中古のAXISはかなりのリスクがあります、メーカーでも修理できませんし)壊れたときは割とショックでもなかった。それ以外は割と壊れずに今でも使えていますね。

 オーディオの話を続けると、そういえば今私がメインシステムにつないでいるアンプは、まだ10代の頃アルバイトして買ったAudiolabの8000Aで、これも自分のお金で初めて買ったまともなアンプ。1回左右バランスが変になって馴染みのショップに持ち込みましたが、持ち込むと何故か直ってしまったそうで(修理代金も払っていない)、その後はトラブルもなく、30年くらい?たった今でも良い音で私を楽しませてくれます。

 そういえば、最近の私は本も古本を漁ることが増えましたし、オーディオ機器も最近の機材にあまり興味がなくなり、ドフや中古ショップばかりを覗いている日々です。

 昔買った古い機材を引っ張り出してきて使ってみたり、奥の院(倉庫部屋)から古い本や、古いゲームを引っ張り出してきて読み返したりする。最近部屋でやってる事ってそんな事ばかりだなぁ。
 こういう最近の行動を改めて考えてみると「歳とったのかも?」と思ったりしますが、近頃はそれよりもむしろ、過去の自分に遊ばせてもらってるといった感じなのかも。モノ以外でも、昔関わった雑誌とかも調べ物するのに何度も読み返したりしているし、こっちは昔の仕事が今自分に役立っているということで、ある意味理想の仕事像?

 ということで、近頃は断捨離がブームみたいですけど、古いモノを捨てずにとっておく生活も悪くはないよというお話でした。

捨てる。 引き算する勇気/やました ひでこ

おもしろい人はおもしろいのか?

 個人的に、世間でいうところの「おもしろい人」ってのが苦手で、いや…苦手というよりも、多くの場合、そういう人を「おもしろい」とは思わないんですよね。

 そもそも、おもしろい人ってのは、どういう人をいうのか?と考えてみると、世間一般でのおもしろい人、人気がある人って、なんというか、その場を盛り上げるのが上手い。なので誰とでも気さくにおしゃべりをする事ができて、誰とでも簡単に打ち解けられる。つまりそういう人の事なのではないかと。

 いや…全然問題ないというか、そういう人って素晴らしいなぁ〜とは思うのですが、残念ながら、私自身に関していえば、そんなに他人とおしゃべりするのが好きな訳でもないし、あまり親しくない人と一緒に盛り上がろうなんて事に興味もない。

 でも、たまにお会いする、そういった「おもしろい人」は、私みたいな人相手でもちゃんと会話を盛り上げようとしてくれて、すごいなーありがたいなーとは思うのですが、なんというか、ちょっと困っちゃうなと…そんな感じ。

 もちろん、私だってそんな偏屈な人間ではない(?)とは思っていますので、人と色々な情報をやり取りしたり、意見交換したりするのは好き。でも、なんというか世間一般でいうところの「世間話」にはほぼ興味がない。
 私が知らない事や、私が思っていることと別な視点、違う意見など、そういう会話なら私はいくらでもできそうなのですが、単に「おもしろい人」といっても、それだけでは別に喋ることないしな…なんて思ったりしてしまうのです。

 あ、そういう人のみんなからおもしろいと思われる才能は素晴らしいと思います。普段人につまらないと思われている私だって見習いたい!というのはウソですが(笑)、でもそういう特技を持っている人は、すごいなぁとしみじみ思うのです。思うのですが、別に私には興味がないな、ってだけで。

 こういう事を書くと、まるで私が偏屈でどうしようもない人間かと思われるかも知れませんが(間違いではないですが)、繰り返しますが、人との会話が嫌いな訳ではありません。ただ、その場をもたせる、あるいはその場を盛り上げるといった目的の会話が苦手なだけです。

 つまり、私の中では、人付き合いの優先度が普通の人よりも低いのかもしれません。なのでそういう私とは違った普通の「おもしろい人」が苦手だし、私がおもしろいと思う人は、きっと世間一般の人達とちょっと認識がずれているのかもしれません。だから友達少ないのかもね(笑)

▼2018年08月27日

Victor AX-Z921

P8250408 Victorといえば、何となく手堅いオーディオメーカーのイメージがありますが、バブルの頃は、世界でもこの会社だけという個性的なアンプを作っていました。それがAX-Z911と、今回紹介するAX-Z921です。
 AX-Z911については以前ここでも紹介しましたが、今回のAX-Z921はその後継機種となります。

 このアンプ最大の特徴は、K2テクノロジーと呼ばれる回路を始めて搭載したアンプであることです(ちなみに市販の機器初搭載は同じくVictorのXL-Z711というCDP)。K2テクノロジーについて詳しくは上記リンク先を読んでほしいのですが、簡単に言うと、受け取ったデジタル信号の歪みを補正して、よりオリジナルの音源に近づけようという技術。
 この技術は今でもデジタル録音の現場では使われていて、近頃は配信の音源でも、この技術を使ってビット拡張したデータが売られたりしていますが、これがニセレゾなのかどうかの問題は今回のエントリと関係ないので触れません。

 そのK2テクノロジーの恩恵なのか、AX-Z921の内蔵DACは、今となっては荒っぽさが魅力でもあったAX-Z911の内蔵DACと比べて、少し優しい音を出します。よく言えばアナログライクな…悪くいえば個性がなくなったといえなくもないですが、販売当時の世相を考えれば、AX-Z921の音は、正統な進化を遂げたといえるでしょう。

 その他、重量もAX-Z911の19kgという重さからちょっとだけダイエットしていて、AX-Z921の重さは18kg。まぁ…それでも充分重いアンプだとは思うのですが、その1kg分は例の3mm厚の天板がAX-Z921ではなくなっていることが要因のひとつなのかも。その他内部のレイアウトもAX-Z911の理想主義的な配置よりはやや現実的になっている気がします。

 AX-Z921が進化しているのはK2テクノロジーだけではなく、例のデジタル信号を解析したA級動作も進化しています。なんでもダブルピュアAタイプII回路と呼ばれる技術で、AX-Z911が受け取ったデジタル信号を解析して最大パワー20Wが超える時点で増幅回路をAB級に切り替えるといった処理をしていたのに対し、AX-Z921のダブルぴゅあぴゅあ〜な回路は、受け取ったデジタル信号のパワーを解析し、A級の増幅回路に流すアイドル電流を動的に制御しているようです。
 そのため、A級動作時には天板がチリチリに熱くなるAX-Z911に対して、AX-Z921の場合、ご家庭で常識的な音量で聴いている限りは、A級動作時でも確かに天板熱くはなりますが、割と常識的な熱さに留まります。少なくとも天板全体が熱くて触れないなんて状態にはならないです。確かにこれでもA級動作には違いないのですが、なんだかズッこ〜!といいたくなる気もしますね。
 お互いのA級動作状態の音を比較してみても、AX-Z911は再生音に熱いシンパシーを感じますが、AX-Z921は確かに高音質なんだけど音楽に熱さが足りない…ってのは全くの気のせい(笑)。音楽の熱さはともかくとして、AX-Z921のA級増幅は、AX-Z911に比べてもうすこし洗練された音になった気がします。

 これは完全に私の想像ですが、AX-Z911のあの熱さは色々な部分でご家庭用オーディオ機器としてはマズかったんだろうなぁ…。おそらく故障も多かったでしょうし、当時主流だったガラスのトビラ付みたいなAVラックに収まっている状態で使い続けていると、確実に熱で保護回路が働いたと思います。コンデンサなど内部パーツの寿命も大幅に短くなったでしょう。また、アンプの上に何か別な機器を重ねて使っている人(当時だとこういうセッティングは割と当たり前だった)は、アンプもはもちろんのこと、上に積んだ機器も熱でトラブルが発生したかもしれません。
 このように一般家庭用のアンプで完全なA級動作ってのは、何かとハードルが高いんだろうなと、AX-Z911のチリチリに熱くなる天板を横目に音楽を聴いていると、そんなこと思ったりもします。
 それに比べるとAX-Z921の方は、熱くなるといっても割と常識的な熱さなので、上に別の機器を重ねて使いでもしない限りは、そんなにトラブルも発生しないのではないかと。
 まぁ…純粋なA級動作としては、アイドル電流をこうやって上げ下げするより、定格電流を流しっぱなしの方が回路が安定するので音は良いはずなのですが、ご家庭用のオーディオ機器である以上、こういうのも仕方がないのかもしれませんね。

 そうそう…例の裏技のDAC2からのアナログ入力のA級動作ですが、AX-Z921では…わかりません。というのも、天板外しても例のパイロットランプもなさそうですし、となると本格的な回路解析でもしない限りはアンプが発する熱から判断するしかないのですが、試してみた結果は、それなりに熱くなっているので、多分A級動作しているんじゃないかな?としかいえません。この辺はA級動作してると信じている方がスッキリして良いので、私はそう信じとくことにします(笑)

 その他、アナログ系統の音質もデジタルA級の音と同様、AX-Z911のパワーを押し出す荒削りな音に比べて、AX-Z921の音質は全体に洗練された印象を持ちます。比較してどっちが高音質か?と評価すれば、AX-Z921の方が音は上なのですが、こういう古いアンプの個性を楽しむのであれば、AX-Z911の方がわかりやすく個性的で面白いかもしれません。

 外見をチェックしてみると、AX-Z921のフロントパネルは、AX-Z911と同じくプリズムみたいな奥行きのある美しい表示部。ただA級動作中を示す「OPERATE」というインジケータはなくなりました。
 入力の切換は、AX-Z911のトグルスイッチからそれぞれ入力別のプッシュボタンに変更され、便利にはなりましたけど見た目はちょっとカッコ悪くなったかも。
 その他大きな違いは、AX-Z921はスピーカー出力が二系統になったことで、私の場合、スイッチひとつでメインスピーカーと、PC脇のサブスピーカーへの出力に切り替えられるようになって、便利になりました。

 そうそう、どちらも重量級プリメインの割には、リモコンで音量と入力切り替えが可能です。リモコンモータ付のボリウムについてAX-Z911はまだ手慣れていないのか、ヌルッとしたあまり触り心地が上質な感じがしないボリウムだったのですが、AX-Z921はその辺もうすこし節度感のあるボリウムになりました。
 他、スピーカーの左右バランスや、低音のトーンコントロールは、AX-Z921になってちゃんとハッキリと効くようになっています。トーンコントロールはともかくとして、AX-Z911の左右バランスは、なんだか微妙な効き具合でちょっと不思議な感じもしましたしね。

 ということで、アンプとしての性能でいえば、AX-Z921はAX-Z911からの正統進化版で、音質や使い勝手など全ての面で進化しているのですが、どちらが魅力的なアンプかといえば、AX-Z911の尖った感じも悪くないなと思ったのでした。

 あ、そうそう…フォノ入力については、AX-Z921の方が確実によかった気がしますが、この辺古いアンプって個体差もあるので、実のところ音質評価については何ともいえないんですよね。

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↑例の表示部は、緑と黄緑に統一されています。

OLYMPUS E-M1 + M.Zuiko Digital ED 12-40mm F2.8 Pro

▼2018年08月22日

すきなのにきらい

 「カメラを止めるな!」って映画があり、その映画についての感想を述べているブログがありました。まぁ…「カメラを止めるな!」って映画については、個人的には全く興味がないので見ないと思いますし、そもそも映画というメディアにさほど興味がないので、そういう意味ではどうでもいいのですが、それでもその感想を読んでいると、なるほどなぁ…と思ったのです。

 映画について、そもそも私は興味がないので、せいぜい年に2〜3回しか見ません。あ…これは映画館に出かけてという話ね。その頻度でしか映画を見ないので、残念ながら「つまらなかった」と思える映画がほぼないのです。もちろん「う〜ん、イマイチだったな」と思う映画はあるにせよ「金出して損した!」まではいかないのです。
 でも、世にいる映画通の人や、Yahoo!とかの映画レビューをみていると「この映画はクソだ」とか「金出して損した」みたいな映画評が並んでいたりします。まぁ…そこまで直接的な悪口ではなくても「前作に比べ監督が〜」とか「俳優の演技が〜」みたいにあまり満足してないのかな?なんて評論は沢山あります。私が見て「おもしろかったなー」なんて作品についても、演出がダメとかカメラワークがとか低評価付けられているレビューを見るとちょっぴり悲しくなります(ウソ)

 では、何故私が見る映画はそんなにハズレがないのか?と改めて考えてみると、それはズバリ「映画に興味がないから」なんだと思うんですよね。映画に興味がないから、年に数回しか見に行かない。年に数回しか映画館に入らないから、もうそれだけで気分が高揚してしまう。年に数回しか見に行かないからアタリ映画しか見ない…ってのはちょっと違う気がしますが(世間的に当たってない映画も見に行くしね)、つまり私のこころが映画というメディアにスレていないから?なのではないかと。

 つまり、世間の映画ファンは、映画が好きになればなるほど、個別作品のアラや足りない部分が見えてきてしまう。まさに「すきなのにきらい」な映画が増えてしまう訳ですね。

映画評論・入門!/モルモット吉田

▼2018年08月15日

よろこびの歌・おわらない歌/宮下奈都

https://farm2.staticflickr.com/1817/43996808552_bf10bf8d35_m.jpg ちょっと前にKindleの日替わりセールで買った本。
 履歴を見ると6/26日に買っていて、ついでにどうせ読むだろうと思って同じ日に続編の「おわらない歌」も買っていたみたい。読み終えたのが一昨日の月曜日だったから、間にいろいろ挟みつつ読んでいたようです。

 著者の宮下奈都さんは、37際のときに小説家デビューしたそうで、年齢は私と同じなんですね。だからという訳ではないですが、物語の中で登場するJ-POPの数々が「世代だなぁ〜」と思いながら読んでいました。

 夢中になって読みふけった…という事はなく(それだったら買った当日か翌日に読み終えてる)、毎日の通勤中や、外出時に一休みしてるカフェとかでちょっとずつ読んでいた感じ。

 面白かったので皆さんも是非!とまでは言うつもりないのですが、たまにはこういう爽やかな青春小説とかも読んで、あたまの中もなんというかリフレッシュしとかないとダメだなと思いました(笑)

iPhone7 Plus


よろこびの歌/宮下奈都
おわらない歌/宮下奈都

▼2018年07月23日

LINN ASAK

P7221447 伊藤さんが作ったからITTOK、のアームに、朝倉さんが作ったからASAK、のカートリッジを組み合わせてみました。
 このコンビ、ある意味LINN Classicとも言える組み合わせで、LINNにとって初めての製品であるLP-12の発売が1972年、そしてその次の製品がこのASAKというカートリッジで1978年にリリース。その一年後の1979年にITTOK LVIIというアームが発売されて、ようやくLINNのアナログオーディオラインナップが完成します。
 ちなみに、ITTOKの後に付くLVIIという文字は以前だと単なる型番かと勘違いしていて、ひょっとしてLVIなんて製品が存在したのか?なんて思っていましたが、こちらのページによると、「Las Vegas」で出会った「Itoh & Ivor」とのことで、本来のLVIIとは「エルブイ、ツー」ではなく「エルブイ・アイアイ」ということみたい。ちょっと面白いですね。

 さてこのASAKですが、とあるオーディオ評論家の方が使っていたもので、色々あって私の所にやってきました。そのため状態は完全で、今でもいい音を奏でてくれます。
 もっとも発売は40年前、一番新しい状態だとしても30年前に製造されたカートリッジなので、初期性能を維持しているのかはわかりません。早速家にあるLINN BASIKというターンテーブルで聴いてみました。

 まず感じたのは、普段使っているIKEDA 9cに比べて優しい音だなと。
 優しいというのは語弊があるかな?なんというか、IKEDAのカートリッジにある危なげな印象…刹那な感じがなく、極めて普通のカートリッジの音。この辺ちょっと説明しにくいんですが、IKEDAの音って音はいいんですが、なんだか聴いてて緊張感あるんですよね。そういう印象がありません。
 音のレンジは、中低域重視かな。ベースやドラムに独特の張りがあります。もちろん高い音も綺麗に出ますが、上も下もレンジを欲張る音ではありませんが、必要な音はしっかりと出ていて更に中域付近に独特の濃さがある。言葉にすると「ナローな音なの?」と誤解されそうですが、全然そんな事はありません。この音の表現は、まさにClassic LINNのイメージそのものですね。とにかく、レコードをとっかえひっかえ演奏するのが楽しくなります。
 カートリッジのトレース性もよく、レコード盤面の状態はあまりシビアにならなくても、ちゃんと音溝に沿ってレコードを演奏してくれます。この辺IKEDAは盤面の状態にシビアですからね。それだけでもなんだか優しい気持ちでレコード演奏できそう(笑)

 モノが古いので、いつまでこの調子を保ってくれるかわかりませんけど、それまではちょくちょくと引っ張り出してレコードを演奏させ、余生を全うさせようと思っています。ちなみにLINNのオールドカートリッジだと、KlydeK5も持ってるんですよね。

P7221442
↑表面?のLINN ASAKという文字が可愛いんだけど、アームに付けると見えません。

OLYMPUS E-M1 + M.Zuiko Digital ED 12-40mm F2.8 Pro

▼2018年07月05日

キンドール男爵のOasisをゲット!

P4120144 何故か昔からKindle端末のことを心の中で「キンドール男爵」と呼んでしまう。この現象はなんなんでしょう?
 と、特に話題にもしていなかったのですが、そういえば私、キンドルのオアシスを買っていました。しかも1度Wi-Fi版を買って3G版に買い直すというアホな事までしでかして(笑)

 キンドルについては、以前paperwhiteの3Gモデルを買っていて、しばらくは気に入って使っていたのですが、どうもこの時代のKindleは画面解像度が低い(まだレティーナ系の解像度ではない)ことと、端末に本が100冊程度に入った辺りから、とたんに動作のレスポンスが遅くなってしまい、あまり実用的に使えなくなってしまいました。
 それと、その頃はあまりマンガを買っていなかったので気にしていなかったのですが、やはりマンガをこの端末で見るのは色々と厳しい。ただ、電子ペーパーは実に読みやすいなと感じていたので、いつかはもう少し動作がキビキビしたKindle端末に買い換えよう!とは考えていました。

 そんな中2017年の秋頃ですかね、防水になったKindleOasisが発売になり、お風呂での読書も可能になったので、早速飛びつきます。
 その時買ったモデルは、32GBのキャンペーン情報無しWi-Fiモデル。3Gモデルについてはその時では「Kindle端末から本を買った経験もないし(やってみればわかりますが手持ちのスマホで買った方が100倍は便利)、Wi-Fiモデルで問題ないだろう」と考えていたのですが、実際に使い始めると、やはり以前買ったときのように3Gモデルでこそ電子書籍は際立つなと実感します。
 特に思ったのが、読んだ位置の同期、メモ、ハイライト、SNSへの投稿…はどうでもいいですが、とにかくそういった読書情報がリアルタイムで全ての端末と同期していることこそが、電子書籍の醍醐味ではないかと。Kindle端末を家、もしくは完全にWi-Fi環境下でしか使わないのであれば、これらの機能はあまり意味がないのかもしれません。ただ、外出時にKindle端末を使う人であれば(そしてこれら電子書籍の機能を享受している人であれば)絶対に3Gモデルを選択すべきでしょう。
 私の読書スタイルとして、複数の本を同時進行で読むことが多い上に、例えば込んでいる電車内ではiPhoneのKindleアプリを立ち上げて続きを読むということも多くあるので、どんなシーンでも読書位置の同期が取れているのは実に便利なのです。更にメモ機能などもイチイチWi-Fi環境下で同期ボタンをタップする必要もなく、3Gモデルであれば、ある種のコピペ的にいつでも文章の一部を別端末へと抜き出すことができます。これらを考えれば、価格にしておよそ4,000円は充分モトが取れるだけのメリットがあると思います。
 それに日本の公衆Wi-Fiは、アクセスにブラウザからのログイン動作を強いられるものばかりで、Kindle端末だと自宅外でのWi-Fi運用は使うにあたり想像以上に制限がかかります。WWWブラウザがきちんとしているFire系統のタブレットならあまり気にならないかもしれませんけど。

 とは言いつつも、実際Wi-Fiモデルを買った後に3Gモデルを追加購入する訳にもいかないし…なんて思いながら、数ヶ月間Wi-Fiモデルで我慢していたのですが、ふと「中古でKindleOasis売却するといくらくらいになるのかな?」と調べてみたら、何故かわかりませんけど、KindleOasisって恐ろしくリセールバリューが高いんですね。このエントリを書いている現在でも、じゃんぱらの中古を検索してみると何故か新品の買値とさほど変わらない。一体どういうことなんでしょうか?
 もちろんじゃんぱらなどの中古販売店に買い取りを依頼すると、売値よりかなり安く買い叩かれるでしょうが、こういう相場ならヤフオクで売れば新品とさほど変わらない値段で売れるのでは?と考えて出品。綺麗に使っていたとはいえ、落札額は驚きの新品購入時から-2,000円程度という高値で売却!これならと即3Gモデルを注文してしまいました。すげーなKindleOasis。

 写真は落札物を発送する前に届いた3GモデルとWi-Fiモデルを並べて撮影したもの。手前のグリップ部分の一部がプラ製になっているのが3Gモデル。重さはどっちも193gで全く変わりませんでした。この話が大体今年の3〜4月くらいの話です。で、その後は3Gモデルで新たにKindleOasisライフを満喫しています。あ…そうそう、当たり前ですがどちらも広告付きモデルは買っていません。

 実際の使い勝手ですが、まずは防水である事が最大のメリット。お風呂場で使えるという事もありますが、濡れても壊れないという安心感は、日常使いでもストレスフリーですね。手を洗った後などでも躊躇なく端末に触れますし、雨降りの日など例え屋外で使わないにせよ、傘を畳んだ後の湿った手で端末に触っても気にしないで済むのは嬉しい。以外と日常って水滴に溢れていますからね。
 他はやはり物理的なページ送りボタンが秀逸です。このボタン、デフォルトでは上ボタンがページ送り、下ボタンがページ戻しになっているのですが、設定で上下逆にもできまして、私は下ボタンでページ送りに設定しています。このボタンは左右反転しても同じように使えますので、端末を手で持ちかえるときでも問題なし。
 画面サイズはカラーのFire系列を除けば、現行Kindle端末では一番大きい。そして高解像度なので、マンガなどでもむしろKindleで見たほうが綺麗に感じます。この点は現行のpaperwhiteでも一緒かな?
 バッテリの保ちですが、当初公称で6週間と謳っていましたが、もちろんそんなに保ちません。読書好きな人が少しヘビーに使えば2〜3日で充電が切れると思いますし、朝から一日中読書といった用途だと、1日保たないかも。ただ、そういうモノだと思って適度に充電していれば困ることはありません。そもそも公称されているバッテリの時速時間は「通信機能OFFで1日30分の利用で数週間」という読書好きに言わせると「なめてんのかわれ!」といった条件なので仕方がない。ただ、実感としてはスリープしっぱなしでもおよそ1週間程度でバッテリが空になるような気もします。まだ電池切れにしたことはないのですが、放っておいても想像よりバッテリ消費している印象です。

 本体に装着するケースとカバーですが、こちらについてはいくつか試した結果、なんだかんだで評判がイマイチだった純正が最も優れていると感じています。

 まず初めに試したのがこのようなスリーブ状のカバー。こちら、カバーとしては全く問題はなかったのですが、やはり端末を取り出したり収納したりするときに、本体のスリープボタンを押さなければならないのが意外と面倒くさい。

 なら!と次に手を出したのが、スマホみたいに本体をパカッとはめ込む形のこちらのケース。これだと本を読み始めるときに、前面カバーをめくるだけで自動でスリープから復帰しますし、本を読み終えるときもカバーを閉じるだけで自動スリープします。やはりこれでないと…と思って使い始めたのですが、まず不便なのがお風呂場などに端末を持ち込むとき。当然ながらこのケースを本体から外さなければならない訳で、これが意外と力が必要で面倒くさい。更にこういったケースを装着すると、せっかく薄くコンパクトなKindleOasis本体が、かなり分厚く野暮ったくなってしまうんですよね。なのでこちらも不採用に。

 結局、それなりに値段はしますけど、純正の専用カバーがなんだかんだでKindleOasisの利用シーンを一番理解しているようなので、仕方がなく買いました。ただ、こちらのカバーは長らく欠品、というかもう製造されないんじゃないですかね。私が注文したときも本革製でミッドナイトという青系統の色しか手に入りませんでしたので、それにしました。むしろそれよりも安いファブリック製だと濡れても平気なのでそっちの方が良かったのですが、手に入らないものは仕方がない。
 ちなみに、何故製造中止になっているのかというと、どうやらこのカバーの用途をあまり理解せず買った顧客が多かったのが理由みたいです。買ってみるとわかるのですが、このカバー、磁石で本体裏にくっつくのですが、保持力はさほど強くありません。強くないといいつつも普通にカバーとして使う分には全く問題ない保持力なのですが、どうもこの部分をユーザーが勘違いしているようで、磁石が弱くて落下したとかそういうクレームが多かったようです。私としてはこの適度なカバーの外しやすさがむしろ風呂場に端末を持ち込むときなど、パチパチと気軽に本体・カバーを分離できるので、実にいい塩梅と思っていたのですが。こうやって気軽に外せることが逆に低評価につながっていたみたいですね。
 また、純正カバーは本体四隅を保護せず、あくまでも背面の一部と表の液晶面のみのカバーなので、これを装着しても本体の大きさが肥大化せず、またカバー分の重さが気になるのならその場でサクッと外してしまえばいいので、私としてはとても気に入っています。

 KindleOasisを買ってから、再びKindleでの読書は増えましたね〜。もちろん私は紙の本も読んでいますが、基本的に何冊も同時進行で読むタイプなので、今まで紙の本で読んでいたリソースの一部ががKindle分に振り分けられたということ。Wi-Fi時代からの数ヶ月でKindle本は100冊程度(マンガや雑誌を除く)は読んでいるのではないかな?買ったものやアンリミテッド含めてですが、これだけでも元はとれている気がします。

 あと、ここは極めて個人的なアホらしいポイントなんですが、電車内やスタバ(笑)で電子書籍を読んでいるときも、スマホやタブレットで読んでいるより、Kindleなどの専用電子書籍端末で読んでいる方がカッコよく見える気がします。なのでスタバとかでMacBookAirを超えるドヤをしたいひとは、paperwhiteでもいいから買って持ち出すといいよ(笑)

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↑スタバでKindleドヤw

iPhone7 Plus


▼2018年07月02日

貂明朝

 貂(テン)明朝とは、アドビのTypekitからリリースされた“可愛らしくも妖しい”フォントだそうで、確かに怪しいというより、ちょっとレトロな感じのフォントです。

 せっかくAdobe CCのアカウントを持っているので、ちょっと試しにこのブログのindexページの本文を貂明朝に変更してみました。期間限定のつもりなので、しばらくしたら戻します。
 Webフォントなので、ロードするのに少しタイムラグがあったり、ブラウザのキャッシュを保持していると変わらなかったりするのですが、しばらくするとフォントが変わると思います。すぐに変化を見たい方は、ブラウザにあるプライベートやシークレット等のウインドウで開けば、キャッシュがロードされませんのでフォントが変わると思います。下層のページはそのままです。 

 

LOVE

 
 また、貂明朝の拡張文字として上記“貂”の絵文字も用意されています。WebページのCSSにフォントフィギュアセットの属性を追加してロードすると、全角で“LOVE(LOVE)”と書かれた文字が貂のイラスト文字に変換されます。ちょっとかわいらしいですね。
 特にフォントイラストの貂は目玉がかわいいので、1度ブラウザの文字を拡大してご覧になってみて下さい。

▼2018年06月30日

ブラジル先住民族の椅子

https://farm1.staticflickr.com/920/43102716791_fc55594424_m.jpg 東京都庭園美術館で行われている、ブラジル先住民族の椅子という展覧会に行ってきました。

 これらの椅子について、自分は全く予備知識がなかったのですが、なんでもお祭や儀式、結婚式などの特別な機会に用いられる椅子だそうで、ブラジル先住民族の男性は、これらの椅子を1本の木から削り出しで手作りする習慣があるとのこと。そのモチーフとなる動物や図柄などは、部族ごと、コミュニティーごとにそれぞれオリジナルで意味があるらしく、祭礼の際にボディペインティングされる図柄とも連動しているとのことでした。

 また、この椅子の文化ですが、ブラジルのアマゾン川とその支流の上流全域にわたっており、ブラジルというかアマゾン川上流域で広く行われている風習のようです。また、この展覧会で展示されている椅子も、決して古い作品ではなく、ここ数年の間に作られた比較的新しい椅子も多いみたい。ブラジルにおいてこれらの椅子を作るということは、過去の遺産ではなく、今もアマゾンの奥地で受け継がれている文化となります。

 と、予備知識はこの程度にして、面白いのはこれらの椅子の圧倒的なオリジナリティです。サイズは高さ10cm程度から、1m程度、大きさも片手で握れるサイズから、大人2〜3人は乗れるのではないか?と思われるサイズまでバラエティに富んでおり、それぞれのスタイルにしてもオリジナリティに溢れすぎといった多様さで、見ていて飽きません。
 というか、世の中には色々な芸術があるもんだなぁと、しみじみ思いました。

 出かける前は、もう少し小規模な展覧会かと思っていたのですが、庭園美術館、旧朝香宮邸の各部屋に分散して展示してあり、展示物の椅子だけではなく、その空間ごと博物館の展示物のようで、じっくり見ていれば半日以上はかかってしまうのではないかな?自分も終了までにもう一度出かけてみてもいいなと思いました。

 それとねぇ〜これらの椅子、ミニチュアがあったら是非ほしいなと思っていたのですが、確かに庭園美術館のミュージアムショップで何点かミニチュアが売られていましたが、割とガチな現地生産手作りもので、手のひらに載るサイズのミニチュア椅子が数万円という値段で売られていたのでさすがに買えず…立派にできた目録のみを買ってきました。

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↑展覧会の目録、家でじっくり眺めよう

iPhone7 Plus


▼2018年06月29日

MacBookへの充電についてあれこれ

https://farm1.staticflickr.com/919/43066774681_8ea0e298a1_m.jpg USB-Cは意外とクセがある…なんて言われていましたが、覚悟していたせいか私の今の印象としては案外寛容な感じ。

 MacBookの充電に使うUSB-Cケーブルですが、Apple純正品を含め、USBと名が付いている割には、ちゃんとしたお店で買うとそれなりの値段します。例えばApple純正PD対応のUSB-Cケーブルは2,200円して、流石Apple純正品は高いと思っていましたら、ヨドバシでエレコムバッファローの製品を見ても大体2,000円前後で、だったら純正ケーブル買っといた安心だよな…なんて思ってしまう訳です。

 ただ、USB-Cという規格自体はオープンなモノなので、そういうちゃんとした製品以外にも、ちゃんとしてない(?)製品が出回っているのがいいところ。いくつか試してみます。
 まずは秋葉原のパーツ街で280円という価格で投げ売りされていた型落ち品(?)エレコム製のUSB-C/1mのケーブル。上記に比べ随分安いなと思いましたが、電源アダプタに差し込んでみると普通に使えました。これはシメシメと思い、エレコムの同じ型番で投げ売りされていた型落ち(?)の2mケーブルも買ってみましたが、こちらも当然普通に充電できます。
 ちなみに充電用の電源ケーブルは、自宅で使う場合等は2m位はないと使いにくいですね。電源アダプタの差込口が机の上にあるような方は別ですが、そうでないと、1mではケーブルを机の下に垂らすだけで終わってしまう程度の長さです。

 では、もっと怪しげなケーブルはどうかと思って、ソフマップで投げ売りされていた型番も何もないジャンク扱いのUSB-Cケーブル/1mを100円で買ってきましたが、こちらも普通に充電できています。計測した限りでは電力の低下もありませんでした。

 事前に調べていた限りでは、USB-CケーブルでMacBookを充電しようとすると、意外と相性問題があるなんて情報がそれなりにあったので、ちょっと拍子抜け。

 更に、写真にあるように、通常のUSB→USB-Cというケーブル(これもジャンクで200円)を買ってきて、2015年に買ったAnker PowerCore 15600というバッテリ(当然USB-PD対応の訳がない)でMacBookを充電してみたら、これまた普通に充電できてしまいまして、事前に考えていたよりも、USB-Cによる充電ってのは汎用性あるんだなと思ったりしました。
 もちろんこのバッテリからの充電はACアダプタ経由よりも時間がかかるようで、計測したところ出力されている電力は18Wでした。このバッテリで充電しているときにUSB-Cハブを介すと数ワット程電力を食われる筈ですので、そうなるとMacBook本体への充電はできなくなるかもしれません。まとめますと…。

 ・Apple純正ACアダプタの出力:30W
 ・Apple純正ACアダプタ+Apple純正USB-Cアダプタ経由の出力:23W
 ・Anker PowerCore 15600での出力:18W

 となります。
 MacBookの充電自体は、果たして何Wまでいけるのか?ちょっと試してみたい気もします。
 もっとも今回のモバイルバッテリに関しては、MacBookへの充電ができているというより、要求されれば想定以上に電力が流せる…という意味かと思いますので、このような使い方は事故など起きる可能性もあります。あくまでも自己責任で。

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▼2018年06月27日

MacBookに似合うUSB-Cハブを試す

P6271355 MacBookを買って必要なのがUSB-C HUB。これらがないと、充電しながら外部機器との接続ができません。充電用途を考えなくても、外部ポートがUSB-C1つだとどうしても普通のUSBや、その他の機器につなげるためのHUBが必要になります。

 ということで、私は既に2つのUSB-C HUBを用意しました。

 1つはApple純正のUSB-C Digital AV Multiportアダプタ。なんだかんだで1つは純正品を持っていないと、、その後の相性問題などいろいろ問題の切り分けがしにくい。こちらは新品ではなく友達からの頂きもの。端子はUSBポート×1とHDMI×1、そしてPD(パワードライブ)タイプのUSB-C端子をひとつ持っているので、USB-C端子から充電しながらその他の機器を接続できます。
 この純正アダプタを使用して純正の30W電源アダプタを使用すると、他の機器は未接続の状態でMacBook本体への電源供給が23Wとなり、このアダプタは7W程電力を消費していることになります。

 もうひとつは、アメリカのアマゾンから注文したローズピンクのType-C Hub。送料入れて$55くらいで、注文から到着まで3週間程度かかりました。なんでわざわざアメリカのアマゾンに注文したのかというと、私の要求を満たすUSB-Cハブが日本では売っていなかったから。
 こちらのハブは、どちらかというと持ち歩き用に使おうと思っていまして、私の要求仕様は、1:USB-C PDポートは必須。2:USB端子×1以上。3:SDカードスロット。4:HDMIポート。5:本体に合うローズゴールドのカラー。で、この要件を満たすハブはアメリカのアマゾンでしか取り扱っていなかったのです。
 特に色についてですが、Mac向けに作られているであろうUSB-Cグッズについて、以前はちゃんと4色展開してくれていた気がするのですが、今の日本国内だと実質シルバーとグレーしか手に入りません。もしゴールドやローズゴールドの周辺機器をお望みの方は、早目に確保しておいた方がいいかもしれません。
 それはさておき、こちらのハブは、純正の30W電源アダプタ使用時、他の機器を未接続の状態でMacBookへの電力供給は25W。つまりこのアダプタは5Wの電力を消費しています。

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▼2018年06月25日

レディ・プレイヤー1を見てきました

ヲタ

https://farm2.staticflickr.com/1819/42940565662_d73fb7e2f2_m.jpg もう公開も終わりそうだし、慌ててみてきました。

 この映画がどんな映画かはもうここで書くまでもないでしょう。レディ・プレイヤー1とは、スピルバーグ監督によるVRの世界で起きる事件を解決していく映画。そしてこの作品には1980年代にデジタルキッズ(笑)だったオッサン・オバサンたちが大喜びする様々なネタやクロスオーバーなキャラクター達が登場しています。

 日本人の私たちが注目するクロスオーバーは、まず冒頭に登場する金田のバイク。ちゃんと「成田山」のステッカーついてたかな?
 それと一瞬の登場までカウントしているとキリがないのですが、敵の親玉が使うメカが、メカゴジラ。このシーンはちゃんとゴジラのテーマと共に登場するのが良かったね。
 あと「俺はガンダムで行く!」でお馴染みのモービルスーツ(レビル将軍風)、RX78-II・ガンダムですが、ガンダムはビームライフルが登場しないのが残念。劇場であのモーター音(ビームライフルの音は工業用モーターを急停止させる音から作られている)を聞きたかったです。

 クロスオーバーはさておき、映画としてはどうだったのか?というと…正直微妙かな。スピルバーグ監督作品といいつつも、彼の作品らしい驚きと興奮がちょっと足りなかった。
 私は原作の小説を読んでいませんが、映画でのストーリは、割とありきたりで単調。ラストの大団円もとてもありがちな終わり方で、なんだね…結局女の子はVRよりもリアルがいいよって話ですかね。

 なんとなくですが、本作品、事前の評判ほど世間では盛り上がっていない感じもしていたのですが、確かに見てみると、本作はまごう事なきB級映画そのもので、これは文字通り、良い意味も悪い意味も含んでですけど、世間で大ヒットするような映画ではないよなと思いました。

 この映画については、映画館の大画面で鑑賞するのもいいですが、家のテレビでちまちまと一時停止させながら、画面の端や一瞬登場する様々なキャラクターを確認してゆくって見方もありなのかも。

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ゲームウォーズ・上(SB文庫)/アーネスト・クライン

▼2018年06月24日

Victory Games・Pacific Warのルールブックを楽しむ

ヲタ

https://farm2.staticflickr.com/1722/27935083107_ea13e0799f_m.jpg そういえば、数ヶ月前に今はなきVictory GamesPacific Warが手元に帰ってきたので、箱からルールブックを取り出して眺めています。
 このゲーム、ゲーム自体は太平洋戦争全てを作戦級スケールで扱うというビックゲームなので、ショートシナリオはともかくとして、キャンペーンゲームはプレイ不可能。ルールに習熟した人同士でプレイして、プレイ時間の目安が100時間だったかな?これは毎日朝9時から17時までの8時間プレイしても、12日半かかるということです。キャンペーンゲームを最後までプレイした人っているのかな?

 ルールブックは、A4横3段組で文字がびっしり書かれて60P程あります。更にシナリオブックは別冊です。もっともショートシナリオをプレイするだけなら、冒頭10P程度(?)を読むだけで問題ないはず。練習用シナリオの真珠湾なら対戦相手すらいりません。

 こういったゲームなので、将来でもプレイできるか疑問なのですが、それでもこういったシミュレーションゲームのルールブックは読んでいて楽しい。
 以前もどこかで書きましたが、ルールブックで書かれていることは全て意味があり、それらは当時の戦争を再現するためになくてはならない文章です。ゲームのルールはそういう膨大な調査の上に成り立つある種の報告書とも言えます。
 そのため、これらシミュレーションゲームのルールブックは、読んでいるだけでも思考が研ぎ澄まされていくようで、読んでいるとある種の文学的な快楽すら感じたりします。実際私の仲間内で頭がいい人は(つか自分が一番バカだったんですがw)シミュレーションのルールブックにハマってそのまま法律家になってしまったし。

 確かに法律の文章とゲームのルールブックは似ているかもしれません。特に、ルールブックが文章として美しいのは、活用されることを前提としているから。なので実際のプレイには常にルールブックに書かれている文章の「解釈」という作業・運用が必要で、意図が不明な場合は英文のルールブックを参照したり、あるいはその場のプレイヤーによる合議でルール解釈を定めたりします。
 この辺もなんというか、法律の解釈という行為に通じるものがありますね。なので私の仲間内でシミュレーションゲームをやっていた人は(私を除き)、みんな文章の読解能力がすごいです。また、文章内の矛盾を見つけるのも上手く、これらのゲーム体験は後の人生において有益な資産(私以外)となっているでしょう。なので、若い人達にはみんなシミュレーションゲームをさせたほうがいいよ(笑)

https://farm2.staticflickr.com/1744/40993482570_fdd2def83a_m.jpg PacificWarに話を戻すと、こういったモンスターゲームなので、実際にプレイした経験はありません。ただ、ルールブックを読みながらセットアップまではやった事あります。その時の感想がどういったものだったか覚えていないのですが、ふむふむと感心しながらユニットを配置していた記憶がありますので、私の頭の中でも何らかの有意義な経験が得られたのでしょう。

 個人的に、このゲームのルールで特に印象的なのが「就役」という概念、全てのユニット(陸軍・航空隊・海軍艦船)は就役状態にならないと作戦に参加できません(防御戦闘のみは許可されている)
 作戦を行うには、必要な手持ちのユニットを選び就役状態にする必要があります。そして作戦を終了させるためには必ず全ユニットを解役させなければなりません。この辺、一部のゲームでは「動員」という概念があったりしたものですが、解役までをルールに定めていたのはちょっと珍しいと思いました。さすが戦略級のゲームです。

 そして、特にVictory Gamesのルールブックは文章を鑑賞するという点においても優れていまして、写真にあるように実際の戦争において、このルールは何を再現しているのかがきちんと説明されており、シミュレーションのルールブックとして評価も高いものでした。
 ちなみにVictory Gamesとは、シミュレーションゲーム界の巨人、Avalon Hillの子会社で、当時倒産したSPIからスタッフを引き抜いて設立した会社と言われていました。そのため出版されるゲームの題材はマニアック+ビックゲームになりがちで、評価は高かったのですが、実際プレイした人はあまりいないかも。

 自分はVictory Gamesの製品として、Gulf Strikeと、NATOを持っています。これは唯一Victory Gamesの初期ラインナップの中では現実的にプレイできる規模のゲームで、何度かプレイした記憶があります。NATOは手元にあるけど、Gulf Strikeはどこにいったかな?あの当時はあの地域でアメリカとイラクが闘うなんて思いもしない時代でしたが(このゲームではアメリカの敵はイランとされている)

 この手のシミュレーションゲームですが、私としてはみんなが定年退職した後、有り余る時間をつかってのんびりやりたいという野望を持っているのですが、みんなちゃんと健康で長生きしてくれるかなぁ?

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↑航空作戦を行うにもこれだけのシークエンスが必要

iPhone7 Plus


▼2018年06月23日

MacBook12の特盛を買いました

P6211353 以前のMacBookAir11からもう7年ぶりですかね。久しぶりにモバイルPCを買い換えました。新しいMacBookです。

 新しいMacBookと言っても、なにかサブネームがないとあまり締まらないですね。MacBook12インチモデルです。色は驚きのローズゴールド(笑)。それにCorei7のCPUと512GBストレージ、それに16GBメモリを足した所謂特盛りの仕様です。

 注文はAppleStoreではなくSofmapの実店舗で。今回はローンでの購入でSofmapでは金利0%のセールをやっていたから。もっとも後で気が付きましたが、AppleStoreでも今は金利0%なのね。それを知らずにかなり損をしてしまいました。
 自分もすっかり忘れていたのですが、自分の今の会社、社割1割引きでApple製品買えるんですよ、注文してから思い出した(笑)。それにCTO製品は原則注文販売なのですが、AppleStoreで注文すれば納期がほぼ5日間。Sofmap注文だと今回納期は12日程かかりました。なので今回は金額も納期も損したことになります。ま…仕方ないですね。

 Sofmapからの入荷連絡は電話で。それから直接店舗に取りに行くか、発送してもらうかになります。私の場合、Sofmapは会社帰りの途中にあるので、直接受け取りに行きました。

 自宅に持って帰り早速開封。
 まず驚いたのは、ローズゴールドの綺麗さと本体の軽さ。MacBookAir11(以下MBA11)も軽いPCではありましたが、重さは実測で1076g、そして今回のMacBook12(以下MB12)の重さは921g。Apple公称より1g重いですが、ストレージとメモリマシマシだからかな?
 MB12が発売された頃に酷評されていたキーボードですが、現在(2017モデル)はかなり改善されていまして、極薄ながらも程よい打鍵感があります。というか私はもう、HHKBに見られる深いストロークを持つキーボードはすっかりダメになりました。たまに手持ちのHHKB使ってみたりするのですが、文字打ちに疲れる…。なのでこのMB12のキーボードは、むしろ単体で売ってほしいとさえ思ったりします。

 このMB12ですが、以外と合う人合わない人別れるようで、ネットでMacBook12と検索してレビューしている人のブログを読むと、結構「売ってしまった」「私には合わなかった」と手放してしまっている人が多いようです。これは「外部接続端子がUSB Type-Cのひとつしかないこと」という割りきった設計や、そして本体のファンレス設計に伴うCPUパワーの低下という点が理由でしょうか。

 外部端子がひとつという点は確かに不便かもしれません。せめて充電とそれ以外には分けてほしかった気がします。そのためPD(パワーデリバリ)仕様のUSB Type-Cハブは必需品となります。

 ファンレス設計によるCPUパワーの不足は…どうなんでしょうね。2015モデルのCPUはm3/m5/m7で、その後i3/i5/i7にバージョンアップされたから問題ない!という人もいますが、2017年モデルだってCPUの名称こそi3/i5/i7ですけど、名称変わっただけで実質はmナンバーのCPUですからね、もちろん新しいモデルの方が処理速度は改善されているはずですが、MB12がモバイルCPUからデスクトップ用CPUに変わったという訳ではありません。

 このモバイル用CPUですが、電力削減のためこまめにクロック速度を上げ下げします。なのでWeb閲覧や文章作成などアイドル時間が多い処理は得意なのですが、連続するCPU負荷はあまり得意ではありません。そのため動画再生時などはクロックが下げられず結構発熱します。そしてMB12にはファンがありませんので、熱を持ったCPUが強制的にクロックを下げてしまい、長時間の連続運転…動画再生みたいな処理だとコマおち…みたいに苦手な処理となっています。昔のLet's noteみたいなもんですな。
 私の場合、連続した動画再生はあまりやらない(旅行中のホテルでプライムビデオ再生するくらいか?)ので、問題ありません。なので、このPCをメインマシンとして、普段の業務から動画・音楽再生まで全てに使おうとすると不満が出るかも知れません。あくまでもモバイルに特化した軽量PCなので、その辺は割り切りが必要かと思います。

 まずは使い始めたばかりなので、報告系のエントリを。実際に使ってみた感想や工夫、使い勝手などは追々公開して行きます。

OLYMPUS E-M1 + M.Zuiko Digital ED 12-40mm F2.8 Pro

▼2018年06月20日

PIEGA Master Jubileの更なる謎

 昨日に引き続きPIEGA Master jubileについてネットを調べていたら、STEREOというドイツのオーディオ誌が、PIEGA Master Jubileの発売当時にレビュー記事を掲載していたのを見つけました。
 この雑誌の良いところは、ネットから記事が切り売りで買えるという点。早速Master Jubileの紹介記事3P分を1€で購入してみました。そこでMaster Jubileに関する新たな事実(大げさ)が判明します!

 まず、ここで紹介されているMaster Jubileですが、これはドイツ向け販売に割り当てられた7セットのうちの1つ。しかも既にユーザー購入済みだそうで、それを借りてテストしているみたい。
 ちなみに記事が書かれていた時点で既に完売だそうです。この記事が掲載されている号が2011年11月なので、Master Jubileは少なくとも2011年の10月頃には既に完売していたようです。

 そして、Master Jubileのエンクロージャ側面から背面にかけて貼られている木目ですが、こちらはマッカサルベニヤの天然木。それも複雑な製造プロセスでエンクロージャに貼り付けられていると、記事には書かれています。
 私はここの木目って、適当にそれっぽい柄のビニルシートでも貼ってあるだけかと侮っていましたが、思ったよりも複雑で手間がかかる工程で製造されていたようですね。考えてみれば販売当時で€8,000(というのもこの記事で知りました)という高級スピーカーなので、そんないい加減には作られてないか。

 ちなみに別なサイトでMaster JubileはPremium 50.2に比べて「全ての面で優れている」と書かれていました。似ていますからね。オーナーとしてはちょっと嬉しい気もしますが、2012年初頭に発売されたPremium 50.2は€3.249(初期ロット)なので、価格も倍以上の差があります。そう考えるとMaster Jubileのオーナーとしては優れてくれてないと困るかも…。
 しかし、これらのモデル、試作品(みたいなもん)と量産品の差はあっても、この価格差と重量差はよくわかりません。フロントのエンクロージャなんて、まんまPuremium50.2から1つウーハーの穴を塞いだだけなのがMaster Jubileにしか見えませんけど…謎が深まりますね。
 (2018.8.29追記)この重量差について、改めて独:STEREO誌の記事を読み返すと、Master Jubileのキャビネットはアルミ鋳造と書いてありました。その後のCoaxPremiumシリーズはアルミ押出成形なので、Master Jubileは本当にこれらのモデルの量産用試作キャビネットという位置づけだったのでしょう。これなら同じ形のキャビネットなのに重量が全然違うのも納得できます。見た目はほぼ一緒ですがCoaxやPremiumとは全く別物、当然エンクロージャの厚みも違うはずで、まさに量産試作品のガンダムみたい。

 他、STEREOの記事では低音について褒めています。周波数測定データも驚異的(どこまで本気なんだか?)と評されていますよ。テスト結果ではサウンドレベル(?)は88%、5点満点で4、エクセレント!という評価でした。グーテンモルゲン!


▼2018年06月19日

PIEGA Master jubileの謎

P3210799 PIEGAのMaster jubileと暮らし始めてはや3年、改めてこのスピーカーと向き合ってみます。
 ここのところはCyrus TwoとPSXで鳴らしているのですが、少しづつこのスピーカーが見えてきたような気がします。

 もっとも私はPIEGAというブランドをそんなに聴いてきた訳でもないんですよね。唯一購入を前提として聴いたのがTP5で、その他PremiumやCoaxのシリーズは、聴いたことはありますが、そんなに真剣に聴いていません。なのでPIEGAファンの方にとっては、ちょっと私と印象違うと思われるかもしれません。

 まず、このMaster jubileというモデルについて。こちらはPIEGA創立25周年を記念して25ペアのみ製造されたスピーカーと言われています…が、何故かPIEGAの正史からは省かれており、ネットを探しても、販売当時に最も流れたと思われるロシア語での紹介記事がいくつかあるだけです。
 正史からは省かれているモデルということで、このMaster jubileは記念モデルといいつつも、おそらくPIEGAがTCシリーズからPremiumシリーズに移行するにあたっての実験的なモデルだったのではないかと。そしてPIEGAの正史にない理由は、Master jubileがPIEGAとしては完全に実験モデルとしての位置づけで、結果として失敗作だったからなのか?真相はわかりません。

 同じようなサイズであるTC50Premium 50.2で比較してみましょう。まずMaster jubileのエンクロージャは、上から見るとTC50の台形っぽい形状からPremiumシリーズのラウンドエンクロージャに変わっています。
 その他では、Master jubileのウーハーのみが1発という点、これはTC50もPremium 50.2も2発なので明らかに設計から違います。Master jubileは所詮25ペアしか作られなかった製品ですから、わざわざコストカットを図ったとも思えません。ただ、Master jubileが後のPremiumシリーズ開発にあたり、ウーハーが1発でも問題ないか?という実験をしていたというなら話は別です。

 そしてMaster jubileより後に発売されたPremium50.2との違いを見ると、まずは見た目の違い(色は除いて)だとウーハーの数程度しか違いがないように見えます。バスレフの穴の位置も同じです。エンクロージャ表面はPremium 50.2がアルミ地そのままのシルバーに対して、Master jubileのエンクロージャは、表面に天然マッサカル・ウッドが貼り付けられワックス処理されています(ここ、ビニルシートかと思っていましたが天然木らしいです)
 ただ、見た目ではわからないところだと、両モデルは重量が全く違います。Premium 50.2の重量がカタログ値37kgなのに対して、Master jubileはカタログ値で重量60kg、Master jubileの方がおよそ40%も重いのです。
 私が過去に書いたエントリでは、PIEGA一般のアルミエンクロージャが押し出し材なのに対して、Master jubileは同社C40などと同様にアルミの鋳物製なのではないか?と推測していますが(Master jubile)、サイズとエンクロージャの形状がほぼ一緒のモデルで、これだけの重量差はちょっとおかしい。Master jubileとPremium 50.2、見た目は似たように見えても、実はエンクロージャの設計が根本的に違うのかもしれません。

 それらを前提に音を聴いてみますと、まずPremium 50.2は、ネットでいくつか試聴記を読んだ限りでは中域がやや前に出る(出過ぎる?)といった傾向のようで、これは自分のMaster jubileとはちょっと違うかなと。
 今までいくつかアンプを取り替えて、このMaster jubileを聴いた印象としては、中域の張り出しは全くありません。逆にボーカル域は少し控えめでもあります。そして感じるのが低音の量ですかね。これはレンジの問題ではなく(もちろん充分な帯域は出ています)、スピーカーの特徴として何らかの低域をチューニングしているような気もします。この辺りは私ネットで読んだ限りでのTC50やPremium50.2の試聴記では触れられていない点なので、Master jubileが他の市販モデルと最も違う点はここではないかと。

 それと、空間表現も私が今まで使ってきたスピーカーとはちょっと傾向が違います。なんというかフォーカスがバッチリと決まった高解像度型の音場ではなく、もう少し広い空間に包み込まれるような音場です。なので、ボーカルがスピーカー中央にはっきりと浮かび上がるといったタイプではありません。もちろん定位はきちんとしていますが、中央で歌手が歌っている空間そのものをまとめて表現しようとしているのか?そんな印象です。

 Master jubileは、近年のスピーカーにしては89dbとなかなか能率が良いのですが、Premium 50.2は更に高能率な92dbです。そんな所にも両者の設計思想の違いが見えてくる気がします。そしてMaster jubileが仮に実験モデルだとするなら、今のPIEGAはMaster jubileとは違った方向でスピーカーを作ることに決めた!という事になります。

 あまりTC50やPremiumシリーズの音を聴いていない中で、これらの特徴を推測するのは迂闊かもしれませんが、Master jubileがピエガの正史で全く語られていないことについては、きっと何らかの理由があるのだと思われます。

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▼2018年06月17日

クワトロ・ラガッツィ

https://farm2.staticflickr.com/1723/28955387828_aa35187a5a_m.jpg 時に「損した!」と思う本があります。

 ひとつは、文字通り「買って損した」というつまらない本。もうひとつは「早く読まなくて損した!」という本。本書はその「早く読まなくて〜」という本でした。

 天正遣欧少年使節団、おそらく歴史に興味がある方ならこの名前を聞いたことがあるでしょう。1590年(天正18年)に日本から欧州に派遣された4人のキリスト教使節団です。

 私もかつて、天正遣欧少年使節団に関する本を読んだことがあるのですが、当時日本に訪れていたキリスト教宣教師が、日本におけるキリスト教の布教を報告するために、日本人を欧州へ派遣した…という程度の認識しかありませんでした。ただ、その使節団も、欧州側からの視点から見ると全く違ったものとなります。本書はその少年使節団を、主に欧州側からの資料を基に解き明かそうとする試みとなります。

 この天正遣欧少年使節団ですが、私たち日本人の認識としては、せいぜい…

 ・当時の宣教師達がキリスト教に改宗した日本人少年4人を欧州に派遣した。
 ・彼等がヨーロッパから帰ってきた頃の日本はキリスト教が迫害されていて、彼等の帰国後は過酷な運命だった。

 という程度ではないかと。
 つまり、上記には何となくですが「欧州から来たキリスト教宣教師が日本人を欧州に派遣した」という、日本側からの視点しかありません。
 では、何故彼等が欧州へ派遣されることになったのか?案外その疑問に答える資料は、日本側からはあまりありませんでした。それを本書の著者である若桑みどり氏は、天正遣欧少年使節について、欧州側からの資料を元に解き明かそうとします。

 後のキリスト教徒迫害の歴史を知っている私たち日本人からするとちょっと意外ではありますが、当時の日本、織田信長の治世下であった日本は、世界的に見てもキリスト教の布教が大成功した地域であり、当時は九州総人口の訳2割がキリスト教に改宗したといわれています。
 また、逆に当時の欧州のキリスト教では、カトリックとプロテスタントという2つの宗派が、互いに信者数を増やすために争っていて、そんな中、東洋の果てからはるばるローマを訪れた日本人少年4人は、キリスト教でいう「東方三賢者」に例えられ(メルキオール、バルタザール、カスパールといえばアニヲタの方ならよくご存じかと)、当時のローマ教皇からは熱烈な歓迎を受けたそうでした。あれ?少年使節は4人ではないの?と思った方は、是非本書をお読み下さい。

 私は文庫版の上下巻を読んだのですが、本書の上巻はまさに、そういった日本でさしたる歴史上の役割を演じたともいわれてこなかった天正遣欧少年使節について、欧州では如何に期待された大事件であったかを知ることができる驚きの章でした。但し下巻の方はちょっと評価が分かれます。

 本書の中で、男性が書いてきた歴史書についての批判が数カ所ありましたのであえて書きますけど、逆に女性が書いた歴史書の多くには、全てとはいいませんが一定のパターンがあります。それはヒエラルキーが厳密に決められていること。つまり彼女らが書く世界の中では、絶対的に正しい価値観とそれ以外がはっきり分かれていること。
 これは塩野七生氏が書くローマ人の物語などでも同様ですね。あの本の中のローマ人は、超絶超人の絶対的な存在で、彼等の価値観こそが正しく、彼等こそがまさに文明を作ってきた、そういう単純な世界認識です。

 もっとも、その手法が悪い訳ではありません。その世界におけるローマ人の価値を絶対的なものとして設定したお陰で、ローマ人の物語は読み物として大変読みやすくわかりやすい。あれを歴史書と言われるとちょっと疑問ではありますが、ローマ史を知るきっかけとしてはとても良い書籍だと思います。

 そのような本を、私の友達は「少女漫画」と称していたのですが、このクワトロ・ラガッツィもそんな世界観で読み解くとわかりやすい。
 著者の若桑みどり氏にとって、絶対的な価値はヨーロッパ・カトリックのキリスト教にあり、それを迫害した豊臣秀吉、そしてその後の徳川治世は悪であるという、単純でわかりやすい世界観の元に本書は描かれています。

 故に「当時のポルトガル・スペインにとって日本を武力制圧する意思は全くなかった」とか「徳川時代は日本が世界に対して目を塞いだ暗黒の時代」のようなステレオタイプな描き方をするのですが、わかって読む分には、本書では世界観と価値観が統一されているので、実にわかりやすく読み進めることができます。うん…徳川家康許せないよね(笑)

 それはともかくとして、私たち日本人が何となく思っている「天正遣欧少年使節団」についての歴史的意義を、別な視点から再確認できるきっかけとして、本書はとても素晴らしいと思います。
 単行本は分厚くて読むのイヤになるボリウムですし、文庫本も上下巻でそれぞれびっしりと500ページ以上ある大作ではありますが、冒頭の展開に心つかまれた人なら、一気に読み進めてしまうだけのパワーがこの本にはありました。

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ブロンプトンのコロコロをかかとに当たらなくするパーツ

P3310990 ブロンプトンと言えば、リアに装着された小さなホイール…というと、タイヤのことを指すみたいになるので、私はこの部分を「コロコロ」と呼んでいるのですが、折りたたんだときに脚になる形で丸いキャスター、いわゆる“コロ”が付いています。

 このコロ、年式によって差があるようですが、純正状態だと本当に“コロ”というべきサイズの小さなプラスチック状のローラー(ほぼ回転しない)が装着されているだけなので、ここを純正オプション品であるやや大きなコロに交換すると、折りたたんだ状態でブロンプトンを楽に転がすことができるようになります。

 この「転がせる」というのがブロンプトンの良いところで、一時期はこの特徴を生かし、輪行袋の下半分を開放状態にして、駅などをコロコロと転がしてブロンプトンを持ち歩くというのがちょっと流行りました。
 ちなみに以前はこの状態で列車にも乗車できた(というか乗車が黙認されていた)のですが、最近では列車内に自転車を持ち込む際は、完全に密封された輪行袋に収納しなければならなくなったので、駅などでブロンプトンを転がして移動するのもすこしだけ気後れする時代に…。
 もっとも、列車内に持ち込まなければ、駅のホームでブロンプトンを転がすことは禁止されていません。それとコロコロ状態での明示的に列車内への持ち込みを禁止しているのは今のところJRのみで…ま、この辺はあまり語ると荒れる一方なのでこの辺にしておきますが、とにかくブロンプトンのリアにあるコロコロは、今となってはブロンプトンのアイコンともいえるべきパーツになっています。

 で、このコロコロなのですが、便利な反面1つだけそれなりの問題点もありまして、それはこのコロがペタルを漕いでいるときかかとに当たること。かかとに当たって痛い程度ならいいのですが、ズボンを裾で折り返していたりすると、そこがこのコロに引っかかったりして、状況によっては結構危ないのです。
 なので昔の純正コロ?は、この部分が引っかかってもすぐに外れやすいよう、外側に向けたテーパー状になっていたりしたモノなのですが、それはともかくとして、この部分はブロンプトンにおける数少ない欠点でもありました。まぁ…慣れてくると自然とかかとを外側に向けるようなペダリングになったりするものなのですが。

 そのブロンプトンの欠点をなんとか改善できないか?ということで開発されたのがこのパーツ。名前はまだないようですが、開発者の名前をとって「山本式コロ?」とでもいうのかな。3Dプリンタ製です(後日質問すると、パーツ名は「コロコロオフセッター(仮称)」だそうで、売りに出す際名前も募集するとのこと)
 試作品とのことで、およそ1年くらい前にモニタ価格で譲って頂き、何度か使ってみた感想を紹介したいと思います。

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↑左がコロを収納した状態、右がコロを展開した状態

 本体は、メインパーツとそれに埋め込まれた金属製のシャフト、そしてフレーム側に装着する蓋。この金属製シャフトは片側が可動するようになっていて、見れば想像つくと思いますが、輪行時には外側に引っ張り出し、走行時には内側に押し込みます。この押し込んだ状態の幅が、ちょうどブロンプトンリア三角でコロを外した幅とほぼ同じまで狭くなるので、ペダルを漕いでいるときでも、かかとにホイールが当たりにくくなります。

 装着方法ですが、まずはリアのエラストマーサスペンションを取り外して本体に挿入します。
 このエラストマーを差し込む部部分ですが、モデルによってはエラストマーの種類がいくつがあるようなので、若干加工が必要なときもあります。私の場合はこのエラストマー表面にあった 「FARM」という文字をナイフで削り取って挿入しました。そして、その上からもうひとつの蓋をかぶせて、ブロンプトン本体のリア三角にボルトと共にねじ込んで行きます。その際、コロを装着するシャフトは上向き水平を保つようにして下さい。パーツの一部がリア三角の間に入り回転方向が固定されます。
 また、ボルトですが、あまりきつく締めず、リア三角の固定フックの具合を確かめながら徐々に締め込んでいくようにします。私の場合ですが、ボルトはあまりキツ目に締め込むより、やや余裕を持つ感じで締めた方が良いみたいです。作業中はブロンプトンを寝かせて装着した方が安全です。ちなみに、初期モデルにはこの蓋がなかったのですが、これがないと輪行中に本体がエラストマーから抜けます。そのため私は後日別便でこの蓋を送ってもらいました。
 本体パーツを無事に装着できたら、本体に埋め込まれている六角ボルトへコロコロを装着します。ネジは純正コロに付属しているネジがそのまま使えます。これで完成。慣れれば5分位で作業できると思いますが…ま、慣れるほど何度も付けたり外したりはしないか。装着後は必ずテスト走行を行って下さい。

 まず、装着後の感想ですが、サスペンションが固くなります。え?と思う人もいるかもしれませんが、これはエラストマー本体の外側への変形が抑制されるから。なのでエラストマーは密閉されたパイプ内で本体の変形を伴わない純粋に素材としての弾力性のみでサスペンション効果を得ることとなります。そのため若干乗り心地も固くなるのです。
 それとやはり一番のメリットは、かかとがコロに当たらなくなること。ブロンプトンのペダルをやや内側で踏んでも大丈夫になります。もっともこの状態でも裾が折り返されているズボンで走っているとたまに引っかかりますが、それはもう仕方がありません。ただ、引っかける頻度は相当減ります。
 このパーツの意味は、ほとんどがこの部分の改善のためだったりするので、普段ブロンプトンのペダリングにどれだけ不満を持っているかによって、このパーツの価値もまた変わってきます。少なくとも「走る」という点においてはきちんと「改善」されます。
 また、コロを展開した際は、折りたたんだ状態でブロンプトンを安定した状態で転がすことができます。

 ではデメリットはないのか?と言われると、若干あります。
 まずは強度の問題。誤解しないでほしいのは、普通に転がして普通に折りたたんだ状態で置いておく分には強度的に問題はありません。
 3Dプリンタ製とのことで、この辺実物を見ていない人は想像しにくいかもしれませんが、パーツそのものはおそらく大型のハンマーでも使わない限り破壊できません、それくらいの強度があります。
 ただ、頻繁に輪行で使う人にとって、その辺の強度はまだ未知数です。というのも輪行してるときって意外とブロンプトンを雑に扱うときってのがあるんですよね。どうしても折りたたんだ状態で「ヨイショ」と電車に乗せたり、駅の段差を持ち上げたりしたとき、割とガツンと地面に置いてしまうことがあったりします。
 私はこのパーツを使っておそらく10回以上は輪行して、さらにガツンとブロンプトンをコンクリートの上に置いてしまったことも何度かありますが、少なくとも壊れそうな感じではありません。ただずっと大丈夫なのか?と聞かれると、さすがにオリジナルのリア三角直付けコロ程の強度はないでしょう。

 それともう一点気になるのは、コロコロの固定がどうしてもエラストマーと同じ回転軸側で遊びが出ること。つまりコロコロが完全に固定されるのではなく、すこし左右に動くんですよね。ここはあまりガッチリとフレームに固定してしまうとまた別な問題が発生しそうなので仕方がないと思うのですが、電車で移動中などややブロンプトンが倒れやすくなりますので、そこは注意です。
 それと、デメリットではないのですが、折りたたんだ状態ですこし(ほんの少しですが)全高が高くなりますので、シートピラー下に装着してある滑り止めのゴムが、若干効きにくくなります。もっともこれは装着しているサドルにもよるかもしれません。私の純正ペンタグリップ+ブルックスB17のサドルでは、少し意識してシートピラーを下に押し込まないと、ピラー下の滑り止めが地面に密着しなくなりました。これも意識して注意していれば問題はないのですが。

 売値は私が聞いたときの話だと、初期ロット7,500円前後を考えているそうです。ブロンプトンのコロをオフセットさせるパーツは他にもいくつかあるようですが、他の製品に比べ半額以下。それに、私の手元にある「山本式〜」は初期の試作品なので、他のロットはもう少し改善されているのかもしれません。

 個人的には、荒っぽくガンガン輪行しまくる人には、強度的な問題があるかも…と思ったりしますが、普通にブロンプトンで走り、適当に輪行も楽しんで…という人にとってはメリットがあるパーツではないかと思います。特にブロンプトンで「走り」を意識している人は、ペダリングの自由度が広がりますのでかなりお勧めです。

 いつから売りに出されるのかわかりませんけど、興味がある方は制作者であるStudio K'sの山本さんまで連絡してみては如何でしょうか?

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善光寺地震における山体崩壊

 1847年(弘化4年)、長野県に後年善光寺地震と呼ばれる大地震が発生しました。
 この地震による被害も大きかったのですが、この揺れで長野平野西部にある虚空蔵山(岩倉山)の南西部が山体崩壊。土砂は山の下を流れる犀川になだれ込み、大規模な堰止め湖が出現します。
 災害を知り江戸から下ってきた藩の役人は、犀川のせき止められた土砂を掘って水を流そうと計画するのですが、当然現場は危険な場所で、人足達は恐れて近づこうとしません。その時藩の役人は「前に進まない人足は切り捨てる!」といって無理矢理工事に当たらせ、現場はまるで戦場さながらの様相だったといいます。

 下流、川中島方面の村は、地震で家屋が崩壊し火災が発生し大被害を受けましたが、かといって当時の村民達は別な場所に移り住む訳にもいかず、余震などが収まってきた後、徐々に村へと帰って災害の後片付けを始めます。
 そんな中、山体崩壊から19日後に犀川の堰止め湖が崩壊、水は下流の村を押し流し、当時の長野平野の犀川沿いは「地震と火事と洪水」という、いわばトリプルコンボの大災害に見舞われたのでした。

 その虚空蔵山の場所がここ。ネットで虚空蔵山と検索すると、同じ名前の山がたくさん出てきますし、更にこの場所から南西3〜4kmの場所にも同じ名前の山があったりしますので、場所を調べるのに苦労したのですが、現在この山は虚空蔵山と呼ばれていないようで、岩倉山、もしくは名もない山丘扱いに留まっているようです。
 その虚空蔵山から南西側の地形を見ると、確かに山肌がえぐられているようにも見え、崩壊部中央にはその時にできた「涌池」と呼ばれる小さな池があります。

 この地震では、虚空蔵山の他にも小規模な山体崩壊は長野県の各所で発生しており、当時この一帯を統括していた松代藩によると、死者は2,000人を超えたとのこと。

 この地震による山体崩壊の原因については、江戸時代も中期の人口増加により、かつては農地として使われていなかった場所にも開拓の手が入り、山の木は切り倒され、かつて湿地帯だった場所は水田として開梱されたことに要因があるといわれ、つまり急な自然開発による人災だともいわれています。
 当時はこういった山の治水、治山というノウハウが広く行政(藩)に共有されていなかったでしょうし、空いた土地は作物の生産地として、どんどん使われていったのは仕方がなかったのかもしれません。

 さて、この地震が起きてしばらくした後、同じく地震で被害を受けた善光寺でしたが、何故か参拝者が前代未聞の勢いで増え、お寺はたいそう儲かったそうです。
 そしてお寺に向かう参拝道には、その「大地震」にまつわる出版物がたくさん売られていたそうで、その中にはそもそも記述が間違っているし、誤字脱字も多く、中には文字をよく知らない人が書いたのではないか?と思われるような粗末な本、パンフレットのようなものが沢山あり、当時大被害を受けた川中島から参拝した人の中には「善光寺の不正ぶりや金さえ取れればなんでもいいという姿勢が天災を招いたのではないか、情けない」などと書き残している人もいました。

 このエピソードには、江戸時代も中期になると、一般町民でも旅行の記念品として書物を買うという風習があったことがわかって面白いのと、いつの時代でもこういった悪徳坊主はのさばってるんだなという点がわかって興味深い。ちょっとニヤリとしちゃいますね。

 で、なんで唐突にこんな話を長々と書いているのかというと、皆さんもう設定忘れているかもしれませんが、私は「崩れ」に萌えるキャラなので…。
 つまり、これはここ数日で私が調べたことをメモ代わりに残しておくエントリなのでした。この場所、現地調査にも出かけてみたいなぁ。

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