ようやく買えた。始めに買おうとしてから、もう10年越しくらいになるんじゃなかろうか。
「電撃戦」とは、ご存じの通り、第二次世界大戦でドイツ軍が用いた兵法・傭兵術を指す。ドイツ語では「ブリッツ・クリーク」、直訳すると稲妻の戦争とでもいうのか。その後世界各国の陸軍傭兵術に多大な影響をもたらした言葉。
その「電撃戦」を考案した、ハインツ・グデーリアン、本人による回想録。書籍としては新しい物ではないのだが、重版されると何故か品切れになることが多く、本屋で見かけて「あ、後日お金下ろしてきて買おう」とか思っているうちに、買えなくなってしまい、古本市場では高値になっている…というのを数回繰り返した。
今回ようやく購入できたのは、今年の春に重版されたもの。上巻のみで4,800円(税抜)だから、下巻も買うと、一万円近くの本になってしまうな。
注意すべきは、本書が「電撃戦」についてを解説した本ではないという点。あくまでもグデーリアン回想録であって、その課程においてドイツ装甲師団の創設と運用、そして敗北までを描いているに過ぎない。だとしても、本書が「電撃戦」そのものを研究する為の一級の資料なのは間違いない訳だが。
本書を読んで意外なのは、第二次世界大戦での破竹の快進撃!と思われていた、ドイツ軍によるポーランド・フランス侵攻についても、当事者達からするとあの成功は薄氷を踏む思いであったという点。私達はどうしても、ドイツ軍序盤の大成功を知った上で当時の歴史を考察してしまうので、意外な気になってしまうのだが、それがまた別の視点から見ると、当たり前かもしれないが、全く違った印象だというのが面白い。これはなかなかエキサイティングな回想録だ。
ついでなので「電撃戦」そのものについて簡単に解説してみる。従来の陸軍戦闘というのは、騎兵などという一部の例外はあったにせよ、展開する敵軍に「面」で当たるというのが主流であり、その為軍団は広く横に戦線を築き、同様に対峙している敵に対峙するというのが基本スタイルだった。その傭兵術を一変させたのが「電撃戦」。機械化された機動力を持つ部隊が、敵陣に対して面で当たるのではなく、正面を突破した後は楔のように縦に深く進行して敵を混乱させ、混乱後の部隊は後続部隊が掃討するというスタイル。今考えるとそんなにうまくいくのか?なんて気もしないでもないが、当時は完全機械化された師団をもつ軍隊はドイツしかいなかったので、楔のように進行した機械化部隊の行動を止められる機動力を持った部隊が存在せず、とても高い作戦効果を発揮した。
ちなみにというか、皮肉というか…その「電撃戦」のスタイルを最も忠実に受け継いでいたのが、第二次世界大戦でドイツに国家崩壊寸前まで追い詰められていた、当時のソ連である。ドイツに勝利した戦後のソ連陸軍は、師団ではなく大隊規模である程度単独で行動出来る戦闘グループを多く組織し、NATO軍正面を突破した後はそのまま深く敵陣内に食い込み、戦域(シアター)を混乱させて叩くというドクトリンを持っていた。
ここでもそんなにうまくいくのかと思うのだが、それに対するNATO軍の戦術は「ディープ・ストライク」という、航空機を運用した立体的な蹂躙攻撃…ま、いいや、話がずれてきた。つまり、その「電撃戦」を考案し、実際に運用したグデーリアンは、長きにわたり陸上用兵の父であるような扱いをされてきた訳で、そのグデーリアンの回想録が常に市場で品薄気味なのは、如何なものか…とも思ったりする。
他、与太話だが、第二次世界大戦では極東の太平洋でも全く新しい軍隊の運用術が生まれている。それは日本海軍が考案した、正規空母を集中して運用する「機動部隊」という考え方で、この新しい戦い方が、かつての主力戦艦を第一線の場から退かせた…というのが、なんだか皮肉。ちなみに「機動部隊」は、後に英語で「タスクフォース」と訳された。
余談ばかりになってしまったが、とにかく、こういう戦史を知ることは歴史を知ることにつながると思うので、興味のある方は高価ですが是非是非。特に近代史は、このような一次資料に近い当人の証言が聞けるチャンスが多く、世間での評価と当人の証言のギャップなんかを楽しんでみるのもまた一興だ。特にミリタリマニアでは「ドイツの科学力は世界一ィィィ」とか言ってる人が多いので、そういう浮かれた人達にも是非読んで頂きたい本デス。
OLYMPUS E-410 + Zuiko Digital 25mm F2.8