集団的自衛権の議論で徴兵制が復活!?
集団的自衛権があっても徴兵はあり得ない…というネトウヨの言い分に敢えて反論してみます。
ただ、私もこの先日本で「徴兵制」が復活することはないのではないかと思っています。もっとも、それはせいぜいこの先長くて100年未満での話で、更にその先の時勢については全く想像が付きません。その先の時代なら日本で徴兵制は復活してるかもしれません。
私は憲法九条改憲論者ではありますが、残念ながら昭和史における憲法九条の役割についても大きな意味があったと認識しています。つまり「憲法九条」があったからこそ、日本は戦後紛争地への直接派兵を免れてきた。この憲法がなければ外交ベタの日本政府のこと、ベトナムやアフガン、湾岸などで自衛隊(つか憲法九条なければ日本軍…でしょうか)は、必ず国際社会から派兵を強要されて、死者を出していたでしょう。あるいは80年代までの冷戦、すなわち東西の軍拡競争に巻き込まれて、日本経済は疲弊しきっていたかもしれません。
一見好戦派?っぽく見られる私ですが、日本が戦争をしないというルールには全く文句がありません。ただ、文句があるのは「自衛隊」という軍隊がリアルで存在するのに、それらの運用に関するルールが「憲法九条」に反対する熱血宗教家…つまり頭がアレな人達により、議論すらできない状態になっていることです。
何が言いたいのかというと、有事(他国に戦争を仕掛けられた)などの状況があれば、今の自衛隊は超法規的でしか行動できません。そりゃそうでしょ…他国の空挺部隊が都市部に部隊を降下させても、自衛隊はいちいち関係自治体の長からの出動要請を待ち、管轄警察署から道路占有許可をもらわなければならない。そんな馬鹿な話はあるか!と思うけど、残念ながらこんなルールですら法制化されていません。というか、一部狂信者達のお陰で議論すらさせてもらえない。ルールがないので自衛隊は独自の法解釈や規律で行動するしかありません。すなわちそれは例え限定的だとしても、軍隊による統治を認める事態となり、俗に言う「文民統制」が及ばない状況となります。戦争反対よりも、そっちの方がよっぽどヤバいと思うのですが…(ちなみに日本の原子力政策も同様ですね。危険性の議論すら許されなかった結果が今の福島です)。
その馬鹿げた法解釈のすき間を埋めるための第一歩が、昨今の「集団的自衛権」という議論であり、その点については、この役立たずの九条に関する実質的な改正や運用議論が深まればいいと思っている立場です。
で、この「集団的自衛権」で徴兵についての話に戻りますが、にわかのグノタがよくいうのは「現代戦では兵隊にも専門的技能が必要なため徴兵した兵隊など役に立たない」という言い分です。
でもね、現代戦という言い方を敢えてそのまま返すなら、もちろん最前線で銃を持って闘う兵士は、専門的な知識と訓練がないと辛いかもしれませんが、後方(と訳すのは間違いと承知)、ロジスティックの部分においては、ぶっちゃけトラックの免許さえ持っていれば誰でも出来ます。そして、軍隊の兵士が少数精鋭志向に向かう現在、当然それらの任務については民間の人材が招集される筈です。
前線の兵士に補給物資を届ける仕事、それは徴兵?それとも招集?あるいは雇用?それらの議論はさておき…。
軍事評論家の江畑謙介氏がおっしゃっていたように、現代戦とは従来のように「前線:後方」という概念があいまいです。第二次世界大戦以前の戦争では、最前線にいる兵隊以外が敵の攻撃でやられることは、ゲリラ攻撃などを除けば、実質ほぼゼロでした。しかし、近代戦から現代戦になるにつれて、軍隊はより強力で長い射程の兵器を備え始めます。また、戦線の動きも流動的になり、かつての「戦闘地域:非戦闘地域」という概念も薄れつつあります。
具体的にいうと、前線後方に位置する支援部隊・補給部隊についても直接攻撃に晒される可能性は非常に強くなったと言えるのです。
例えば日本の地勢に当てはめてみると、北九州地区で上陸戦をしかけている近代的装備を備えた軍隊だと、作戦目標の範囲に、九州半分+中国地方の一部鉄道+道路網なども含まれてしまう。
仮に九州地区で上陸作戦を仕掛ける某国(めんどくせーから中国でいいよなもう)に対する阻止作戦が半月以上続いたとして、当然日本政府は膨大な補給物資を前線に送るため、鉄道並びにトラック業界に招集をかける筈です。となると、もちろんそれらの仕事に従事している人は、当然中国からの攻撃目標となります。その範囲は北九州を越え、たとえば岩国辺りを走っている貨物列車かもしれません。あるいは大分県の国道を北上するコンボイ集団かもしれません。そして、例えそれらの攻撃に対する完璧なミサイル防衛網をしいていても、数にモノを言わせるミサイルの飽和攻撃では全てのミサイルを残らず迎撃する訳にはいきません。必ずいくつかは目標をとらえて人を殺す。
それは、平和ボケしたグノタがいう「現代戦では徴兵なんてあり得ないし〜」への解答なのでしょうか?
もちろん「集団的自衛権」の議論と「徴兵制!日本が戦争に」という議論を無理矢理結びつけようとしている今の反戦主義者達のやり口は、本当に汚い手段であることは認めますが、現代戦では徴兵なんてあり得ない!などと呑気に構えるのもどうかと思うのです。現代の戦争においては、戦争が始まった時点でその国内殆どが攻撃目標に晒されます。
また、現代の戦争では、前線で闘う兵士は志願兵で固められたとしても、彼等をサポートするためのロジスティックスに含まれる存在として、必ず民間人の力が必要となります(アメリカ軍は既にロジスティクスを民間業者に委託し始めています)。その輸送任務に就く人も、現代戦においては広く「徴兵」と同様に扱われるべき存在なのではないかな…と私は思ったりするのですが、さて。
あと、現代の軍隊は専門知識がないと…という部分にもちょっと反論しておきますが、例えば先の戦争、太平洋戦争時の日本人は、ぶっちゃけ自動車を動かせる人すらマレでした。それでも徴兵されて銃撃ったり飛行機操縦したりできた訳ですから、それに比べれると今の一般的日本人は、戦争を行う為の基礎教養は、先の戦争時よりもはるかに備えていると思いますよ。
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コメント
もっとシンプルに、訓練した上で前線出されると思う。
訓練時間にもよるけど、志願者だけの軍隊より、無作為の方がレベル上がるんじゃないかな。
投稿者: Nisidaya | 2014年09月02日 17:06
アメリカ軍の資料によると、訓練を受けていない兵士がもっとも乗り越えるためにストレスを感じるポイントは、人を実際殺す事らしいですね。
細かい技量や体力の問題もあるけど、訓練を受けた兵士は、たとえ実践未経験者だとしても、命令に沿って躊躇なく撃つとの事(もちろん個人差はあるでしょうけど)。
そこを乗り越えれば、別にモビルスーツ操縦する訳でもないので、たとえ現代戦だとしても、銃を撃つ兵士としてはそこそこ役に立つでしょうね。
投稿者: よっち | 2014年09月02日 17:22
まず前提として徴兵制は行政処分である。
よって私人と防衛省間との債務関係は行政処分ではないため、民法上の問題である。
(また、そもそも民間への協力等が徴兵制だとすれば、現行の自衛隊法も徴兵制となってしまうが、実際にはそのような批判はされていない。例:自衛隊法104条等)
さらに、徴兵制が行政処分であることは先述したとおりであるが、徴兵をされる私人から見れば、これは憲法9条の所謂平和権とは関係がなく、憲法13条を始めとする幸福追求権の問題であり、よって憲法9条を改正したからといって徴兵制がされることは考え難い。
また、集団的自衛権についても、単に法律改正によって活動の範囲が広まっただけであり、集団的自衛権の行使と徴兵制にはなんら因果関係は認められないと解するのが相当である。
投稿者: 自宅護衛艦 司令長官 | 2016年01月13日 05:13